さまざまな食べ物から起こす酵母

おととい益子の土曜市に伺って、
たくさんパンを買ってきました。

「えみぱん」さんは白神こだま酵母、
「泉'sベーカリー」さんはヨーグルト酵母、
「ブーランジェ770」さんは酒かす酵母
を使っていらっしゃるとのこと。

そんなわけで、それぞれ、個性的なパンが並んでいました。
3軒もパン屋さんがいらして、
一般的なレーズン酵母とか、イーストを使うお店が
ひとつもないところが、
なんだか印象的でした。おもしろかったです。

個人的には、えみぱんさんのタルトが
いちばん好きでした。
地粉のスコーンも買えばよかったな。

「地粉」ということばに、
最近とくに弱いです。
このあたりでは米粉やそば粉の流通が多く
小麦は少ないのですが、それでも
「農林61号」「イワイノダイチ」などの中力粉は見かけます。
でもパンが焼ける強力粉となると、
やっぱり笠原製粉さんの「麦のかほり」しかないのかな?

産直に行く度に粉のコーナーをじーっと見ておりますが、
まだ強力粉に出会ったことはありません。

どなたか見かけたら
「こんな地粉(強力粉)があるよー」と教えていただけると
とっても嬉しいです。

やっぱり、できれば、粉とか水とか、
地元のものでつくりたいです、よね。




絶品カスタードのドーナッツ

今日は3.11。

益子の復興市に行こうかと思っていたのですが
用事があってそこまで行けなかったので、
気になっていた市内のドーナッツ屋さんにおじゃましました。
(ぜんぜん方向が逆ですが)
今日の売上から義援金を寄付されるとのこと。
せっかくなので、今日買ってきました。

お店は宇都宮市の中心部にある、
「もみじ通り」に立っていました。
ここは昔ながらの個人商店が立ち並ぶ狭い通り。
わたしの通っていた高校のすぐそばです。

でもいまは、シャッター商店街のひとつ。
…と思っていたのですが、行ってみると
なにやら、ドーナッツ屋さんやカフェなど
かわいらしい小さなお店があちこちに!

なんとなく、以前住んでいた千駄木界隈を思い出す感じ。
そして、鹿沼のネコヤドとか、真岡の荒町とか
そういった「新しい町おこし」の風を感じる場所でした。

そしてお目当てのドーナッツ屋さんがこちら。

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白い外観にさりげなく配されたグリーンが爽やかな、
「ドー・ドーナッツ」さん。
落ち着いた雰囲気のカフェスペースもあって
次に来たときには、ゆっくりお茶したい感じでした。

ドーナッツは、週末限定のカスタードと、
レモン味、プレーン、さつま&メープルの4つを買い、
さっそく帰りの車の中でひとくち。
しっとりふわふわの優しい甘みの生地に、
バニラビーンズがたっぷり入ったカスタードのおいしいこと!
カスタード好きのわたしとしては、
もう、たまらないおいしさでした。
(リピート確定!です)

レジに立っていた女性に「近くの高校にかよっていた頃、
この道もよく通ったんですよ。そこのパン屋さんに寄ったり…」
と話すと、店主さんも「わたしもそこの高校出身ですよ!」とのこと。
同窓の方だったなんて。なんだか嬉しいつながり。

ドーナッツのメニューはまだまだたくさんあり、
カレー味のフィリングの、お惣菜系メニューもあるらしいので
次回訪問した際には、それも買ってみたいな、と思いました。

宇都宮は他の地方都市と同じく
中心部の空洞化がすすんでいたので、
こんなふうに、昔ながらの中心街が
もういちど活気を取り戻していく姿に、
ちょっとほっとしたというか、嬉しく思えた一日でした。

ふるさとの町がそこにあることとか、
人と人とのつながりとか、
そんなことを改めて大事に思う日。

今日という日が、無事に過ごせることを
一日一日、ありがたく思います。

当たり前が、当たり前じゃないと知った一年前。
あの悲しみを忘れずに、今日もまた。


いま向き合うバッハ

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3歳ごろに始めたオルガンが
そのうちピアノに変わり
18になるまでずっと先生について習っていました。
社会人になってからも、時間があるときには
教室に行って習ったりしましたが、
先生がいないときも、弾くことだけは止めませんでした。

高校のときに買ってもらったグランドピアノ。
マホガニーをボルドー色に染めた、黒じゃないピアノ。
一生の宝物です。

こどものころは華やかで演奏栄えのするショパンに夢中で
毎日毎日、ショパンばっかり弾いていました。
それからシューマン、リスト、ドビュッシー、
ベートーヴェン、ブラームス、ラヴェル、ラフマニノフ。
だんだん弾く曲が変わってきて、
ここ数年はバッハを弾くことが多くなりました。

バッハ。
数学の難しい問題を前にしたときみたいに
頭がこんがらがるような感じで、
ずっと苦手だった作曲家。
淡々と刻まれるリズムが窮屈に思えた曲たち。
無意識のうちに、ずっと、避けてきた道。

それでもピアノを習い続けていると
バッハのクラヴィーア曲集と向き合わなきゃならない時が来て、
苦手ながらも、ただ必死で音を追うように
手を動かして鍵盤を叩いていました。
曲というには程遠い弾き方をしていたと思います。
弾いているけど、弾けてない。
音は鳴るけど、曲じゃない。そんな感じ。

2声の曲は、シンプルすぎる音の運びを
どう扱っていいかわからず、途方に暮れました。
それが4声になると、同時に4つのメロディーを歌うという
その複雑さに、もう、脳内がパニック。
右手が主旋律、左手が伴奏というスタイルの曲と
脳を使う場所がぜんぜん違う感じ。

でも、バッハはピアノの古典教本みたいなものなので
バッハを弾いていくうちに、
ショパンの別の側面が見えたり、
それまで気づけなかった意図に気づいたり。
考えてみればショパンもバッハの曲で練習していたので、
たくさん影響を受けたに違いありません。
ショパンを理解するのに、
バッハを避けては通れなかったわけです。

…なんてことを、大人になってから改めて思ったり。
遅いですね。
もっと早く気づければよかった。
もっとこどものころから、バッハをやっておけばよかった。
そうしたら、きっと違う景色が見えていたはず。


こどものころは、なんでも
華やかでキラキラしたものに飛びついていたけれど
大人になってからは、いろんな場面で
「やっぱり古典」という選択をしている自分に気づきます。
まあクラシック全体が、音楽の中では古典なんですけど。
古典中の古典、ってことかなぁ。

音大に進んでいたら、もっといろんなことを知って
もっといろんな発見があったのかな、
なんて思うこともありますが、
いまのように、趣味としてゆっくりじっくり、
時間をかけて理解していくのも悪くないかなと
そんなふうに思う、今日このごろ。

学生時代のようには指が動かないから、
速いトリルやアルペジオは弾きこなせないけど
いろんなことを知って、音色はずいぶん変わったと思います。
力任せで「えいやっ」って感じで弾いていたころとは違う、
もっと、曲に寄り添った感じ、かな。
その曲と作曲家のことをもっと知ろうと思い、
楽譜に込められた意図を、手紙を読むように読み解いて。

100年前の、200年前の、
遠い国で書かれたメッセージを
いまこの場所で受け取ってる気分です。


小たいやき?いえ違うんです

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一見、小たいやきのような、このお菓子。
鮒をかたどった最中なんです。

たまき、というお店がつくっている
宇都宮の新しい郷土菓子。

この鮒は「きぶな」といって
もとは、古くから郷土玩具として親しまれてきたもの。
本物は右の包み紙に描かれた絵のように
赤い顔、黄色いからだ、緑のしっぽをした張り子です。
(病気から村人を救った伝説があり
病気よけとして、今もお守りとされています。
駅のお土産やさんなどでも売っています)

そんな由来をもつ郷土玩具の「きぶな」ですが
これをモチーフにしたお菓子は見たことがなくて、
この最中がはじめて、かも。

宇都宮土産のお菓子といえば、わたしは
「うさぎや」の「チャット」「うさぎ最中」
あるいは「日光甚五郎煎餅」(日光だけど)
あたりを定番としてきましたが、
これからは、この「きぶな最中」が新定番!

パリッと香ばしい皮と
ほどよい甘さの上品な餡子が
とってもおいしい最中なんです。
かわいいし、おいしいし、
宇都宮らしさがいっぱい詰まっているし
わたし的に、満点土産!です。

次の手土産はこれにきまり、だな。



絶対音感?

たとえばコップが触れ合う音。
時計のチクタク、チクタク。
電子レンジのチーン。
玄関のピンポーン。
救急車のピーポーピーポー。
消防車やパトカーのサイレンの音。
F1レーサーが走らせる車の音。

そういう生活音がすべて「ドレミファソラシド」の
音階(言葉)に変換されて耳に入ってきます。
もちろん楽器の音も。

ピアノを長年やっていたので
ピアノをはじめとする打鍵楽器の音は
和音も含めてわりと正確にドレミで入ってきます。
だから耳コピは得意で、むかしはよく
好きな曲を聴いて、自分で譜面を起こして弾いていました。
ゲーム音楽、映画音楽、テレビで聴いたBGM…

でも、なじみの薄かった金管楽器や弦楽器、
胡弓やテルミンのような揺らぎの多い楽器だと
精度はかなり下がる気がします。
半音ぐらい、違って認識しているときもありますし、
チューニングが少しぐらい狂っていても
そんなに気になりません。

そんな生活をこどものころから送っていましたが、
実家を離れ、ピアノが家にない環境で
しばらく過ごしているうちに
あるとき、音感が鈍っていることに気がつきました。
訓練していないと、鈍っていくんですね。

数年間調律をしていないピアノを叩いても
別に気持ち悪くなかったり、
生活音がドレミに変換されることなく
そのままで聞こえたり。

そして「これって、絶対音感?
それとも絶対音感じゃないのかな?」
と、そんな疑問を抱きました。
ちょうど最相葉月さんの『絶対音感』が
ベストセラーだったこともあり、
絶対音感ってどういうことだろう、と
興味を持っていた時期だったからかもしれません。
(そのときはじめて、自分の耳は絶対音感?と
気づいた、と言ってもいいかもしれません。
それまでは、他の人たちも同じように
聞こえているんだと思っていました)

いま、また実家暮らしになって
ピアノを弾く頻度が増えたら、
またいつのまにか、耳が復活したような気がします。
聴音の精度も上がりましたが、
それに伴い生活音がドレミで聞こえるようになって、
ちょっと脳が疲れるときも。
そして、しばらく調律していないピアノの音が
気になってきたのも事実。調律したい、けど。
けっこうなお値段なので、悩みます。
(でも気持ち悪いから、はやく直せるといいなー)


むかしから
音楽を聴きながらなにかするのが苦手だったのは
頭が勝手に「ドレミ、ドレミ、ソミレドレミレー♪」という言葉で
音を認識してしまうせいだったのかも。
いまも、勉強、読書、車の運転など、
音楽を聴きながらするのは、ちょっと苦手です。

そんなわけで、
車に乗っていても、音楽をかけられない日々。
音楽が耳に入ってきても大丈夫なくらい
運転に余裕ができて「音楽をかけながらドライブする」
というのが、いまの目標です。
がんばれ、自分!


雨の日のピアノ

雨だれが屋根に落ちて
トタタタタタ、とリズミカルな音をたてています。
その音で、目を覚ましました。
久しぶりの雨の朝です。

雨の日には、決まって弾くピアノ曲があります。

ショパンの雨だれの前奏曲からはじまって、
ドビュッシーの雨の庭、水の反映、
ラヴェルの水の戯れ、
それから、リストのエステ荘の噴水。

どれも、雨、水、をモチーフにした曲で、
優しく落ちる雨音、激しく降りしきる雨、
噴水から噴出す水の粒が、弧を描いて落ちながら
光を浴びてキラキラと光るさまなど、
具体的に情景が思い浮かぶ曲ばかりです。
(正確には「雨だれ」はショパン自身が付けた名ではなく、
恋人のジョルジュ・サンドが曲を聴いて付けたようですが)

水の反映と水の戯れは、
リストのエステ荘の噴水から影響を受けて書かれた、
とも言われいるので
その曲から受ける「水」の印象が
とても似ている気がします。

絵画も音楽も、それまでの様式的な技法から脱して
新しい表現を開拓していった「印象派」の作品が
わたしはとても好きです。

こどものころは
音で表わす、その色彩豊かな世界に魅せられて
本当に、印象派の作品ばかり弾いていました。

大人になってようやく、様式美とか、
「約束事」を守りながら、
その制約の内側でにじみ出す個性のようなものに気づき
いわゆる古典的な作品も、好んで弾くようになったのですが。

今日の雨は、どの曲のリズムと合うだろう?
鍵盤を叩きながら、雨のリズムと
曲のリズムが調和する瞬間があって、
それを感じるのが、雨の日のピアノの楽しみです。

外が明るくなったら、
ピアノの蓋を開けて、鍵盤に向かおう。


いい温泉の見分け方

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石造りのお風呂よりも、木造りのお風呂が好きです。
肌にしっくりなじむ、優しい感触で
お湯もやわらかく感じます。

もうもうと湯煙が漂うその先に
真っ白な乳白色のお湯が満たされた
こんな温泉が、いちばん落ち着きます。

眺めのいい大きな露天よりなにより、
小さな湯船でも、いいお湯がたっぷり満たされた内湯で
湯の香に包まれながら、のんびりと
お湯の感触を確かめるのが至福のひとときです。

先週訪れた、万座温泉の湯の花旅館。
もっとも好きな温泉のひとつです。
万座のお湯は、硫黄の含有量が日本一とも言われていて
とても濃厚な白濁したお湯からは、
強い硫黄の香りが立ち上っています。
でも、お湯に入ってみると、肌触りはやわらかく
その酸性のお湯の効果で、湯上り肌はつるつるに。
湯口に置かれた湯飲みでお湯を飲むと、
レモンのようにすっぱくて、
お湯が酸性だということが、よくわかります。
(ちなみに、血糖値が下がったりと、
飲泉は体にいい健康法でもあります)

いいお湯と、そうじゃないお湯をどうやって見分けるか。

その方法のひとつは、お湯が飲めるか飲めないか、です。
飲んでも平気な(むしろ飲泉をすすめている)温泉は
混ざりものなしの、ピュアな天然温泉。
飲めないと表示のある温泉の多くは、
何度もお湯を循環させ、消毒したものである可能性が高いです。

いろいろなお湯を飲んでいくと
泉質ごとに味の違いもあって、
そして効能の違いもあって、
とてもおもしろいです。

万座のお湯を飲むたび、ああ、この温泉が
このままの形で長い時間保たれているといいな、と
いつも思います。ずっと、あのままで。

ちっとも豪華じゃなくても。
湯船が小さくても。
お湯のよさを大事に大事にしている宿だから。

ほかにはない、濃厚な白濁湯に浸かれる大切な場所。
これからも、何度でも訪れたいお湯です。





市場に誘われて

日々の暮らしの中でも
ちょっと出かけた先でも
旅の途中でも、
どうしても避けられない誘惑があります。

それは市場とか、マーケットから漂ってくる
にぎやかな人の声と、おいしそうな匂い。



野菜、果物、パン、お菓子…
色とりどりに並ぶこれらの品々を見ていると
買う予定がなくても、わくわくしてきて、
気が付けば、両手いっぱいに買い物をしているのです。

海外に旅に出ると、
見たこともないような形の果物とか、カラフルな魚とか
どっしりした巨大なパン(どうやって食べるの?)とか
新鮮で美しい花々とか、おいしそうな屋台とか。
魅力的なものとたくさん出会えるので、
時間がないときでも、つい、市場に足を踏み入れてしまいます。

日本で好きなのは、沖縄の市場。
まるでつくりものみたいなキラキラした魚や、
海ヘビを乾燥させたものや(グロテスク!)
豚の顔の皮(まるでお面のよう…)や
パパイヤやヘチマがごろごろ売られている感じが、
まるで外国に来たみたいで、おもしろいです。

そして、いつも行くのが、近所の朝市。
水曜日と日曜日の朝、ご近所の農家さんたちが
つくった野菜やお花を売ってくれる小さな市がたちます。
今日もすでに農家さんたちがやって来て
採ったばかりの野菜を棚に並べてくれていると思います。
そこにあるものは、珍しいものじゃなくて
日々の暮らしに必要な、お馴染みのものばかりですが、
それでもやっぱり、わくわくする気持ちに変わりはないのです。

さあ、今日も出かけなくちゃ。


愛しのリンゴ風呂

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温泉がとても好きです。

高級旅館から古い湯治場の自炊宿まで
たくさんの宿を泊まり歩いているうちに、
だんだん、宿そのものよりも、お湯のよしあしで
訪れる温泉を選ぶようになりました。

本当にいい温泉に浸かると、
身もこころも、ふわっと解けて、溶けていくようです。

お湯を循環させているお風呂は塩素のにおいがするので
どうしてもそれが気になって、
くつろいだ気分になれないのですが
源泉をそのまま、掛け流しにしているお風呂は
それぞれのお湯の、独特の香りがして、
そんな湯の香に包まれながらの湯浴みは、
本当に安らぐ時間です。

濃い硫黄泉の、白濁したお湯も好き。
アルカリ泉の、肌触りのやわらかなお湯も好き。
炭酸泉の、泡に包まれる感触も好き。

先日訪れた万座温泉の湯の花旅館も、
大好きな温泉のひとつですが
この写真の、小諸の中棚荘のお風呂も大好きです。
やわらかな、少しだけとろみのある透明のお湯に
ぷかぷか浮かぶリンゴがかわいくて
リンゴの甘い香りに包まれて入る温泉も、
いいものだなって、いつも思います。

自然のままの温泉は、湯量が一定じゃなかったり
湧き出る温度が(当然なのですが)適温じゃないので
その調整は、とっても難しいと思います。

だから、水を足したり、沸かしたりせず、
適温になるように湯守の方がいろいろな工夫をして
自然のままのお湯を守っているような温泉を見つけると
本当に嬉しくなって、何度も繰り返し訪れてしまいます。

いいお湯に出会ったら、
またご報告したいと思います。

至福のホットケーキ

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ホットケーキの前で、怒ってる人を見たことがありません。
ふわふわのケーキから漂う甘い匂い。
はちみつとバターの誘惑。

人を笑顔にする食べ物だなって、思います。

学生の頃よく行った、ハミングバードという名の喫茶店で食べた
ふわふわのホットケーキが大好きでした。
注文してから30分ぐらいかけて、お店のマスターが
厚みのあるふっくらとしたケーキを焼いて出してくれました。
そのときの味を、よく覚えています。
たぶん、いまはもう、そのお店はないでしょう。

写真のホットケーキは、鎌倉のイワタコーヒーのもの。
こちらのホットケーキもじっくりと時間をかけて
ふわふわ、さくさくに焼いてくれます。

きっと今日も、いくつものテーブルに
おいしさと一緒に、たくさんの笑顔が運ばれていると思います。



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