ひとひらのさくら

先日の暴風雨でぬれたせいか
ずっと熱があって起き上がれずにいましたが
ようやく少し、熱が下がってきました。
久しぶりに、ひどい風邪、です。

そして気づけば外は春。
東京はもう桜が満開なんですね。
こっちは蕾が開き始めたぐらいかな。

散るまでには、外に出られるといいのだけれど。

桜の見ごろはとても短くて、
でも必ず1年ごとにその花を咲かせるので、
この季節を迎えると、
いつも、時間の流れの速さとか短さを
痛感させられます。
そんなことを思いながら
読んでいた、まどさんの「さくらの はなびら」。


えだを はなれて
ひとひら

さくらの はなびらが
じめんに たどりついた

いま おわったのだ
そして はじまったのだ

ひとつの ことが
さくらに とって

いや ちきゅうに とって
うちゅうに とって

あたりまえすぎる
ひとつの ことが

かけがえのない
ひとつの ことが


おはようから始まる朝

おはよう。

朝、鳥小屋にかけた厚い布をとって
光を入れながら、毎朝、小鳥たちに挨拶をします。
おはよう。おはようございます。

そうすると、
3羽のうち2羽が、
「おはようございまーす」
「おはようー」
と挨拶を始めます。

まるで、その言葉が一日を始める合図だということを
知っているみたいに。

Good morning
Goede morgen
Guten morgen
Buenos dias
Bom dia
早上好
おはようございます
おはようがす
おはようございました
おひんなりやったか
はえのう
うきみそーちー


一日を始めることばは
ボンジュール!みたいな一日中使えるものよりも
(フランス語圏の方、例に出してゴメンナサイ)
「おはよう、いい朝だね。もう起きた?」って
朝だけの意味を持つことばのほうが好きです。

だって、一日を始める大切なことばなんだもの。
だから、今日も。
始まりのことばは「おはよう」。


はなをこえて、しろいくもが

img1052.jpg

はなをこえて
しろいくもが
くもをこえて
ふかいそらが

はなをこえ
くもをこえ
そらをこえ
わたしはいつまでものぼってゆける

はるのひととき
わたしはかみさまと
しずかなはなしをした


今日は暖かで穏やかな、春の陽射しを感じますね。

こんな日は、静かに、優しく、時間が過ぎていきます。

花瓶に挿した菜の花と、
空を過ぎてゆく雲を見ていたら、
谷川俊太郎さんの「はる」を思い出しました。
大好きな詩の、ひとつです。

さあ、このやわらかな陽射しのなかで
コーヒーを淹れて、
午後の仕事を始めようと思います。


春が心をひりひりさせる

季節がめぐってゆくことに
喜びじゃなく焦りを感じることがあります。

春を感じると、
心がひりひりとするときがあります。
ああ、また時が過ぎてしまった、と。
なにもできないまま、また春が来た、と。

室生犀星の「はる」を読んでいると
そんな焦りが思い起こされて
心がひりひりとします。

おれがいつも詩をかいていると
永遠がやって来て
ひたいに何かしらなすって行く
(略)
時がだんだん進んで行く
おれの心にしみを遺して
おれのひたいをいつもひりひりさせて行く
けれどもおれは詩をやめない
おれはやはり街から街をあるいたり
深い泥濘にはまったりしている


命には限りがあって
時間はどんどん過ぎ去ってゆくのに
こんなことをしていていいのか、と
春が来るたび、そう問いかけられている気がして
梅が咲くたび、水仙が咲くたび、桜が咲くたび、
考え込んでしまうのです。

でも、それでも
「街から街をあるいたり」して
迷いながら歩いてゆくしかない気がします。
今日も。明日も。



時代おくれ

車がない
ワープロがない
ビデオデッキがない
ファックスがない
パソコン インターネット 見たこともない
けれど格別支障もない

そんなに情報集めてどうするの
そんなに急いで何をするの
頭はからっぽのまま
(略)
はたから見れば嘲笑の時代おくれ
けれどすすんで選びとった時代おくれ
もっともっと遅れたい


茨木のり子さんの「時代おくれ」が好きです。

とはいえ、車もパソコンもメールも
使わない日はないけれど、
こころの中では、時代おくれなものが好き。

デジタルなもの、近代的なものは
とても「便利」だけど
それらに生活を支配されるのは嫌。
アナログな暮らしのなかで
便利なものを、少しだけ取り入れて、
うまく利用する、というバランスで
生きていけたらいいなと思います。

たとえば、地震のときのような緊急時は別だけど
普段の暮らしでは、テレビやラジオより
ツイッターの情報が速いとか、
そういうことに振り回されて生きるのはもうたくさん。

ときどき、頭のなかで、
茨木さんの「そんなに情報集めてどうするの」
という言葉が響きます。

そんなに情報集めて
そんなに急いで
どうするの? どこへ行くの? 何になりたいの?


立ちどまらなければ

立ちどまる。
足をとめると、
聴こえてくる声がある。
空の色のような声がある。

「木のことば、水のことば、
雲のことばが聴こえますか?
「石のことば、雨のことば、
草のことばを話せますか?

立ちどまらなければ
ゆけない場所がある。
何もないところにしか
見つけられないものがある。


長田弘さんの「立ちどまる」。

スピードの速い毎日のなかで
わたしたちは忙しく暮らしています。
でも、そんなに急いでどこに行くのだろう?
と思うことがあります。
もっと、ゆっくりでいいんじゃないか。
ときどき、立ちどまっても、いいんじゃないか。

早足で通り過ぎると
見えない景色があることを
ときどき思い出して。
足をとめて。
聴こえてくる声に耳を傾けて。



椅りかからず

今日は風邪をひいて午後は眠っていました。
朝は益子の土曜市にいけたんだけど…
でも冷たい雨でした。

お野菜と、
パンとお菓子を買って
帰ってきました。

そして、友人に頼まれたちびエプロンをつくり、
そろそろ寝ようとして本を一冊開きました。
本棚をふと見たら、目が合ったんです。
茨木のり子さんの『椅りかからず』に。

茨木さんは、わたしが高校生のときによく読んだ詩人で
もっともそのことばに影響を受けた方かもしれません。

なにかに依存することなく
潔く美しく生きたその生き方が
よく現われている作品が好きです。


もはや
できあいの思想には椅りかかりたくない
もはや
できあいの宗教には椅りかかりたくない
(略)
もはや
いかなる権威にも椅りかかりたくはない
ながく生きて
心底学んだのはそれぐらい
じぶんの耳目
じぶんの二本足のみで立っていて
なに不都合のことやある
椅りかかるとすれば
それは
椅子の背もたれだけ


いつもじぶんで見て
じぶんで考えて
じぶんで動いていた方。

流されることなく
自分の信じる「ほんとう」を守ろうとする
その生き方が好きです。


『銀河鉄道の夜』から削られた場面

宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』のなかで、
ジョバンニとカムパネルラの別れ
(カムパネルラの死)を描いた場面があります。

ふたりが銀河鉄道に乗っているとき
最後にこんな会話をします。

「どこまでもどこまでも一緒に行かう。
僕はもうあのさそりのやうに
ほんたうにみんなの幸のためならば
僕のからだなんか百ぺん灼いてもかまはない。」
「うん。僕だってさうだ。」
「けれどもほんたうのさいはひは一体なんだらう。」
「僕わからない。」
「僕たちしっかりやらうねえ。」
「僕もうあんな大きな闇の中だってこはくない。
きっとみんなのほんたうのさいはひを探しに行く。
どこまでもどこまでも僕たち一緒に進んで行かう。」

こんなやり取りの後、
ジョバンニが窓の外を見ているあいだに、
目の前にいたはずのカムパネルラの姿が消えて、
そしてあたりが真っ暗になったかと思うと
ジョバンニは丘の草の上で眠りから覚めるのです。

と、これが最終敲の物語のかたちなのですが、
初期の第三次敲には、
ジョバンニが目覚める前に、
こんなシーンが残されていました。

カムパネルラのいた席に知らない痩せた大人が座り、
ジョバンニに言います。
「おまへのともだちがどこかへ行ったのだらう。
あのひとはね、ほんたうにこんや遠くへ行ったのだ。
おまへはもうカムパネルラをさがしてもむだだ。」
「ああ、どうしてなんですか、ぼくはカムパネルラと
いっしょにまっすぐに行かうと云ったんです。」
「ああ、さうだ。みんながさう考へる。けれども
いっしょに行けない。そしてみんながカムパネルラだ。
おまへがあふどんなひとでもみんな何べんも
おまへといっしょに栞果を食べたり汽車に乗ったりしたのだ。
だからおまへはさっき考へたやうにあらゆるひとの
いちばんの幸福をさがしみんなと一しょに早くそこに行くがいい、
そこでばかりおまへはほんたうにカムパネルラと
いつまでもいっしょに行けるのだ。」

このやり取りの後もまだふたりの会話は続くのですが、
この、最終稿では削られた部分に、
賢治の死生観が出ているような気がして、
わたしはこの場面が好きでした。
そして最後にその大人はこう言います。

「おまへはおまへの切符をしっかり持っておいで。
そして一心に勉強しなけぁいけない。
…お前はもう夢の鉄道の中でなしに
本当の世界の火やはげしい波の中を大股にまっすぐに
歩いて行かなければならない。天の川のなかでたった一つの
ほんたうのその切符を決しておまへはなくしてはいけない。」
と。

賢治自身、
説明が過ぎると思って削った場面なのでしょうか。
でも、わたしはこの“痩せた大人”の言うことが
大切な人を失ったときの、こころの持ちようを
教えてくれているような気がして、
何べんも繰り返し、読んだ覚えがあります。

吉本さんの訃報に触れて、
なんとなく、この場面を思い出した夜です。


吉本隆明さんのこと

今朝のニュースで、
吉本さんが亡くなられたことを知り、
いま、なんとなく呆然とした気持ちでいます。
こころの拠り所を、ひとつ失ったような気分です。

わたしは、たぶん
吉本さんのことばにたくさん影響を受け
そして救われたと感じていました。

吉本さんの、いちばん好きなところは
いつでも「ほんとうのこと」を
見ようとしているところでした。
その、ふたつの眼で。

そういえば吉本さんが尊敬されていた
宮沢賢治の文章にもよく
「ほんたう」ということばが出てきますね。
宮沢賢治の書いたものにも、
わたしはたくさんの影響を受けてきたと思います。

最近では、吉本さんは「ほぼ日」で
糸井さんとよく対談されていましたね。
それを読むのも、とても好きでした。

以下、ほぼ日からの抜粋です。

=====================

ほんとうに教養のある人というのは
どういう人のことを言うか。

それは要するに、
日本の現在の社会状況、
それに付随するあらゆる状況が
どうなっているかをできるだけよく考えて、
できるだけほんとうに近いことが
言えるということです。

例えばどういうことかと言いますと、
古い時代に自分がいたとしたら、どうでしょうか。
そのときの政治のやり方、ものの言い方、
宗教のやり方があったはずです。
例えば、偉い人が死ぬと、埋葬するとき
生きている人を一緒に穴埋めにすることが
行われていました。
ひどく苦しいから、そういう人たちは
泣き叫ぶという状態がありました。

そうすると、誰かが
それはあまりにかわいそうじゃないか、と
おそらく言いだしたんだと思います。

偉い人の埋葬のために
家来を生き埋めにするよりも、
焼きもので、侍とか重臣の人形を作って
埋めることにしました。
誰かがそういうことにしようじゃないかと言い、
それではそのほうがいい、
というふうになったんです。

「古い時代にひでぇことをしたな」
って言うんなら、
今から言えば言えるんです。
そんなの、ひどいことに決まっているわけですよ。
だけど、その時代に自分がいたとしたら、
馬鹿なことだと言えたでしょうか。

権力のせいもあるでしょうけど、
お前が生き埋めになれと言われたら、
「はい」と言って、
だけど苦しいから泣き叫ぶという
そういう状態だったことでしょう。

でも、ある時期で誰かが
「それはちょっとあまりに気の毒、
 哀れじゃないか」
ということを言い出した。

そういうふうに、昔のことと今のこと、
実相に近いことをちゃんと言えて、
考えられている、
そういう人がいたら、
それは教養のある人だというふうに
言えると思います。

=======================

常識とか慣習とか社会通念とかじゃなくて
「ほんとうのこと」を見抜く目を持つ人、
見抜こうとしている人。
そういう人にわたしはとても惹かれます。

吉本さんが、色紙にサインを求められたとき
よくお書きになっていたのは

「ほんとうの考えと
嘘の考えを分けることができたら
その実験の方法さえ決まれば」

という宮沢賢治のことばだそうです。
その実験の方法さえ決まれば。
賢治も、吉本さんも、たぶん
その方法を求めて生きてこられたのかもしれませんね。


朝のかたち

昨夜から思いつめていたことが
果てのない荒野のように夢に現れ
その夢の途中で目覚まし時計が鳴った
硝子戸の向こうで犬が尾を振り
卓の上にコップにななめに陽が射し
そこに朝があった

朝はその日も光だった
おそろしいほど鮮やかに
魂のすみずみまで照らし出され
私はもう自分に嘘がつけなかった
私は<おはよう>と言い
その言葉が私を守ってくれるのを感じた

朝がそこにあった
蛇口から冷たい水がほとばしり
味噌汁のにおいが部屋に満ち
国中の道で人々は一心に歩み
幸せよりたしかに希望よりまぶしく
私は朝のかたちを見た


谷川俊太郎さんの「朝のかたち」。
朝についての詩が谷川さんにはたくさんありますが
この「朝のかたち」はとりわけ好きな作品です。

さあ、今日ももうすぐ光が射して
朝がやって来るでしょう。
朝は毎日めぐってくる。
たしかなかたちで。


<< | 2/4PAGES | >>