生きることと庭仕事は似ている

生きることと庭仕事は似ている。
ふと、そんなことを思う冬の朝です。

種を蒔いたり、苗を植えたり、
雑草を抜いたり、枝を刈り込んだりしながら
少しずつ少しずつ、自分の形を育てていく。

真冬、白く霜に覆われた冷たい土の下で
何日もなんの変化もなく
ただ寒さを耐えるだけの毎日が続いても、
やがて春になり、いっせいに芽吹く時が来る。

意外な場所から芽が出てきたり
何年も咲かずにいた花が咲いたりして、
思いもよらない景色に出会える…
そんな年もある。

この1年は、わたしにとって
2度目の「種蒔き」の時間だったのかもしれない。
生い繁った草木を一度ぜんぶきれいに刈って
新しい種を蒔いて…
一から、新しい庭に造り替えたつもりだった。

でも
土の下に残っていた根っこや
去年の庭木から落ちた種が
新しく植えた草木の間からひょっこり芽を出して、
気付けば、自分が想像していたものより、
ずっと賑やかな庭になりそうな気配。

長い間大切にしてきた草木の根も、
新しく生まれた小さな芽も、
ちゃんと育って
花を咲かせることができるといいけれど…


それまで大事に育ててきたものを手放して
新しいことを一から始めるのは、
とてもエネルギーの要ることだし
不安も戸惑いもあるけれど、
でも、なにかを手放したところで、
すべてがゼロになるわけじゃない。
そういうことが、しみじみとわかった1年でした。
「育んできたなにか」は、その形を失っても
自分の内側とか、誰かの中とかに、
ちゃんと残っているんだ、って。

だから、
なにかを失うのが怖いとか
変化に立ち向かう勇気が出ないとか
そういう弱さを乗り越えて、
進んでいきたいと思っています。


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