やっぱり本が好き

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茨木のり子さんの「自分の感受性くらい」。
初めて読んだのは、教科書でした。

それから何度も何度も何度も
この詩を読みました。
きっと、人生でいちばん読み返した言葉。

読むうちに、言葉が身体に染み込んで
自分の真ん中に、
一本の軸ができました。

迷ったとき、苦しいとき、
いつも、ギリギリのところで
倒れずに済んだのは、
その軸があったから…
だと、思っています。

その、大切な一篇と
昨日「みわの森」で、また、出会いました。
(「みわの森」は古河で行われたイベントです)

見つけたのは「古本屋shinki」さんの本棚。
自分の家の本棚みたいに、見覚えのある
親しい本ばかり並んでいたので、
思わず足をとめて、そこに並んだ
古い背表紙の文字を、目で辿りました。

昔から繰り返し読み返した本、
どこかで手放してしまった懐かしい本、
何度も買おうとして手に取りながら
なかなか買わずにいた本、
大切なあの人に贈った本…

再会。

もう一度出会うことができた大好きな本たちを見て
そんな言葉が浮かびました。

こうしてまた出会ったのは
きっと、自分の人生に必要な本、だからかな。
そう思い、手に取った本を購入して、
帰ってきました。

茨木さんの「自分の感受性くらい」と
長田弘さんの「本という不思議」と
絵本の「ちいさいおうち」。

ふつう、古本屋さんは
仕入れてきた本を売っている場合がほとんどですが、
「shinki」さんは今回初めてイベントに出たそうで
並べてあったのは全部、私物の本でした。

だからかな…なんだか、どの本からも
大事に読まれてきた時間が
そこに刻まれているような…
そんな気配が漂っていました。

(話は逸れますが、
人の本棚を見るのって、どきどきしませんか?
日記をのぞき見ちゃったような…
心の中まで、見えそうな気がして)

…なんて、いろんなことを考えていたら、
やっぱり、今日も思いました。
「紙の本が好きだなぁ」って。

だって、本を読んでいるとき
わたしたちが読んでいるのは、
文字情報だけじゃなくて
間とか、時とか、空気とか、手触りとか、匂いとか…
そういう全部で、
それは、新刊よりも、むしろ古本になったとき
もっと熟成されて…読み手に伝わってくる気がするのです。

日に焼けて変化した紙の色、
何度も手にとって擦り切れた表紙の傷さえも、
むしろ、愛おしい。


「今年は電子書籍元年です」なんて
ニュースで言っているけれど、
わたしは、iPadもキンドルもいらない。

紙の本だから積もっていくものがある。
蓄積されていく時間がある。
手触りから蘇る記憶がある。
それをわたしは知っている。
それで十分。それだけで…


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